豆撒きぃ?恵方巻きぃ?やっぱ節分蕎麦だぜっ!
“食”なんざ実験で語るべきものじゃないでしょ。
そんな、おいしいネタが毎週毎週何年もあるわけ無い。
(グルメ情報に関しても同様なことがいえるが)
・柚子湯に入って南瓜食ったのに風邪をひいた。
・年越し蕎麦を食べたのにいいことなんてなかった。
・土用にうなぎを食ったのに夏バテした。
・初物を食べて東を向いて笑ったことなんてないけど、何か?
これって捏造ですか?
いいじゃないすか、ゆるくたって、ねぇ。。
民間伝承にはその民族の経験の積み重ねが反映されてると思います。だから・・・
節分蕎麦ァ!!
あ~ゴメンナサイ。そこの人!引かないで、引かないで。ちゃんと論証しますから。
え~年越し蕎麦は本来大晦日じゃなくて「節分」
つまり、立春を迎える前日に「内なる厄払い」として食されていたらしい。
(時代や地域は知りません)
もちろん「外なる厄払い」は豆撒きで、結界は「イワシの頭」とヒイラギ。
だから順番として、「内」「外」「バリアー」となるわけで、非常に分かりやすい。
ここで「内」が欠けていいものでしょうか?
否である!(多いなこの展開・・)
う~む、除災招福の観点から論じるとやはり無理があるなぁ。
ちょいと蕎麦屋の経験則を応用してみましょう。
実は蕎麦が一番旨くなる時期なんです。
毎日、蕎麦を挽いて打って食ってるとその味わいの変化が感じられます。
新蕎麦の頃は、フレッシュな風味こそすれいまいち味に深みがないかんじ。
年が明けて寒さが厳しくなるほどに穀物としての甘味が増して味わい深くなる。
そう、まさに、この節分の頃に蕎麦の実は熟成してくるのです。(かな?)
分析なんてしたことないけど「旨い」ってことは
栄養が吸収されやすい状態になっていることを意味します。
つまり先人たちは・・
「本当の蕎麦っ喰いは新蕎麦なんかじゃなくって
寒のころの蕎麦を食ったもんなんだぜぇ!」
そんなことを言いたかったのじゃないでしょうか?
それにしても「蕎麦」「大豆」「イワシ」なんて完全に日常食材
それが無敵の厄除けアイテムなんて素敵じゃないですか?
もしもイタリアに節分があったら・・・なんて妄想します。
「モッツァレラチーズ」を食って「オリーブオイル」を撒いて、
月桂樹の枝に「カタクチイワシ」を刺すのかな?(南部っぽい?)
ここで一気に飛躍して
「日本人の生物学的な必然性としての節分蕎麦」
なんていうとおこがましいでしょうか?
縁起担ぎでも蕎麦屋の経験則でも計り知れない
「まあ、いいから食っとけ」と
何か高次元の存在からの声は聞こえませんか?(聞こえねーよ!)
えー、いろいろ書きましたが、難しく考えても蕎麦は旨くないです。
「お、節分蕎麦!いいねぇ!ひとつもらおうじゃねーか。
オウッ!これで怖いもんなしだぜ!」
というシンプルな精神構造こそが健康に寄与するのではないでしょうか。
by soba-kiri | 2007-01-27 00:58 | お知らせします!









