正直言うと自分が大晦日に蕎麦を打てることがとても有り難くって泣けます。

「百人の蕎麦食う音や大晦日」
なんて川柳だか俳句なのかはっきりしませんが
年末の雑誌や新聞の蕎麦特集なんかに出てきそう。
でもこれは年越し蕎麦を詠んだ句ではありません。
遊郭の一風景とのことです。遊女に新しい布団を送った客が
店の者に蕎麦をふるまっている様子を詠んだ句です。
昔の遊びはお金がかかったんですなー。
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じつは江戸時代には「年越し蕎麦」という習慣はなかったようです。
どんな文献にも出てこない。(らしい)
当時、習慣として定着していたのは
・立春の前日、つまり節分の日に食べる「節分蕎麦」
・3月3日の桃の節句の翌日に雛飾りをしまうときに蕎麦を食べたという「節句蕎麦(雛蕎麦)」
なんてものがあります。
(旧暦の正月は新暦の二月の初旬だから、昔の大晦日は節分と近かったのかなー?
 と思ったんだけど、旧暦は旧暦なりに2月3日があるなーと即思い直しました)

でも大晦日に蕎麦をたくさんの人が食べていたというのは本当らしい。

江戸時代、蕎麦は食事というよりおやつ的な存在で
食べる人は一日に二度三度と食べていたそうです。
これは江戸の風土病「脚気」を予防するのにも効果があった。
江戸人は見栄張って白米食ってたからビタミンB1不足になりがちだったからね。
蕎麦は栄養補助食としても必要だったということです。

江戸の町の正月というのは現代のように元日からスーパーも開店してませんし
冷蔵庫もコンビニもありません。カレーも食いません。

本当に火(炭火ね)を使うのは餅を焼くか湯を沸かすくらいなもんで
正月からごはん炊いたりするなんて「ナクネェ?」だったんですなー。

ましてや蕎麦屋が店を出すわけもありません。

考えてみてくださいな。

コメのおまんまも食えないのに加えて蕎麦も食えない。
これは相当イライラしますよ!

「また餅かよ~!!勘弁してくれよ!ごはん炊いておくれよ~!!」

そんな蕎麦っ食いが明日から蕎麦が食えなくなるのを嘆き
大晦日に、ここぞとばかりに食い溜めしただろうなーって思いますよね!
だから私は年越し蕎麦の起源って、そんな

「食い溜め」

なんじゃないかなーと考察する者なんです。

でもね、毎年毎年家族そろって大晦日に蕎麦を食えるって
なんか、ほんわかと幸せな感じがしますよね。
「ああ今年もなんとか無事に過ごせたなー」
そんな日本人の心の風景にぴったり蕎麦がはまったんでしょーね。

特に今年2011年は違った意味合いを持ちます。
あまりに多くの大事なものを喪失して、厄介な心配事を抱えてしまった日本。
蕎麦屋にできることはあまりないかもしれないけど
あなたが今年一年を振り返る時のお手伝いが出来たら幸いです。

旨い蕎麦を用意しますよ!

正直言うと自分が大晦日に蕎麦を打てることがとても有り難くって泣けてきます。

来年はいい年になりますように!

by soba-kiri | 2011-12-28 22:35 | 蕎麦屋点描 | Comments(0)  

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